今日は、少し昔のお話をしたいと思います。
今から20年以上前、祖母が亡くなり、生前の希望に沿って永代供養や墓じまいをどうするか、家族で話し合っていた頃のことです。
その頃の私は、ちょうど長女をお腹に宿していました。
新しい命を迎えながら、祖母を見送る。
生と死が、静かに私の内側で重なり合っていた時期でした。
祖母は生前、高視聴率のテレビ番組を持つ、ある著名な占術家の方のファンであり、毎年発刊される占術の本を楽しみにしていたようでした。
それを思い出した母が、「H氏に、一度きちんと相談してみよう」と言い出したのです。
その方にお会いするまでには、講演会へ足を運ぶなど、想像以上に時間がかかったと聞いています。そしてようやく、事務所を兼ねた大きなお屋敷で、直接お会いできることになったのです。
案内された和室の広間に入った瞬間、私はその場の空気が張り詰めていることに気づきました。
黒いスーツを着たスタッフの方々が、相談者たちの前で強く叱責されていました。
その声、その場を支配する強いエネルギーの主は、H氏でした。
その強さは、人の欲や不安、執着の奥深くまで見抜き、そこへ鋭く切り込んでいくような力でした。
やがて母の順番になり、祖母の供養や墓じまいについて、事前に用意した家系図を見ながら話が始まりました。
すると、その方は強い口調でこう言いました。
「うちでなければ、ほかでは成仏できないよ」
その言葉を聞いた瞬間、私の中に静かな違和感が湧き上がりました。
きっと、その方の特別な想いや信念があり、素晴らしい供養をされていたのだと思います。けれど、宇宙の摂理から見れば、「ここでなければ救われない」ということはないはずです。
私は思わず、「お言葉ですが」と口にしていました。
テレビ番組で、多くのゲストが戦々恐々としていた方を前にして。。
「この世界には60億を超える人がいます。
ご縁をいただける方が限られているなら、ご縁を結べない方々の魂はどうなるのでしょうか」
すると、その言葉は強く遮られ、今度はこう尋ねられました。
「遺産はいくらあるの」
さらに、
「あんたね、預けたからといって任せきりではいけないんだよ。奉仕にも通わなければならない」
「遺されたものを、自分の欲のために使ってはいけないんだ」
と言われました。
その言葉はたしかに一理あると思います。
そして提示された永代供養の金額は、、家の購入を検討したり、高級車が数台買える金額でした。
なにかが腑に落ちなかった私は、静かにこのようにお伝えしました。
祖母がお世話になった病院には、感謝を込めて必要な機器を遺産から寄付したこと。
そして、遺された家族が、その恩恵によって少しでも穏やかに、豊かに暮らせることも、決して悪いことではないのではないかと思います、と。
すると、「付き添いがうるさいよ」と強くたしなめられました。
ほどなく時間となり、私たちは「前向きに検討させていただきます」とお伝えして、その大きなお屋敷を後にしました。
結果として、H氏に永代供養をお願いすることはありませんでした。
後日、この出来事を近しい人に話すと、
「よく無事に帰ってこられたね」と言われました。
いち相談者との会話など気に留めるような方ではないと思いますが、凄みのある存在感や言葉には、夜叉や鬼神が宿ったかのような強さを感じました。
人の欲、煩悩、不安、依存。
そうしたものを深く理解している方なのでしょう。
だからこそ、人の心の奥深くに切り込めたのかもしれません。
だからこそ、多くの人を惹きつける強烈なカリスマ性が生まれたのかもしれません。
言葉の中には、真理に触れるものもありました。
ご先祖を大切にすること。
お金を欲のためだけに使わないこと。
遺されたものに感謝すること。
求める人と、求められる存在。
需要と供給が成立しているのだとすれば、ドラマの台詞のように「騙すより、騙される方が悪い」という見方もあるのかもしれません。
宗教、信仰、占い、スピリチュアル、にとどまらず
影響力を持ち、人の性や煩悩を理解したうえで、その力を何のために使うのか。
ここに、霊性の道の大きな分かれ道があります。
スピリチュアルな世界には、光があります。
けれど、その光には、人工の光もあれば、幻の光もあります。
信仰や占いは一時的な安心や、人生を見つめ直すきっかけ、人生の羅針盤にもなり得るものです。
世界には、数えきれないほどの宗教や信仰があります。
宇宙的な視点から見れば、それもまた自然な人の営みなのかもしれません。
人は、自身の波長に合うものに出会い、求め、体験し、絶望したり歓喜したりしながら、学びと気づきを繰り返しています。
誰かにすがりたくなる時。
強い言葉で決めてもらいたくなる時。
不安を解消するために、大きなお金や大きな決断を差し出したくなる時。
私たちは、自分自身の内側にある弱さや恐れと向き合っています。
たとえ詐欺に遭ったとしても、その経験が、その時の自分に必要な学びとして引き寄せられていた側面もあるのかもしれません。
けれど、無知でいることは、自信や力を失わせます。
「ここでなければ救われない」
その言葉は幻想です。
依存は、一時的な安心感を与えてくれます。
けれど、依存し続ける限り、本当の意味で自由になることはできません。
どうか、人を縛る言葉ではなく、人を自由にする言葉を使う人に出会ってください。
恐れを増やすためではなく、魂の中心へ戻るために力を使う人に出会ってください。

クリスタルボウルの響きも、瞑想も、オラクルカードも――
「あなたの魂には、自ら光へ還る力がある」そのことを思い出すための、ひとつの扉に過ぎません。
これからも私は、音と光と香りを通して、人が本来の自分へ還るための場を開いていきたいと思います。
霊性の目覚めのために、まずは自分自身の内なる光と、本音に誠実であることを大切にしてください。
恐れではなく、愛へ。
依存ではなく、目醒めへ。
支配ではなく、自由へ。
魂が苦しみから解放され、それぞれの人が、自分自身の足で光の道を歩いていけますように。
